2000年に入って・・・ 当時粗利構成比で半分以上を占めていたレンタルサーバー+WEB制作の事業環境が急変、競争が激化し 価格戦がはじまった。
一方でサーチワードバナーは好調。お客様からの評価が高く100%近い継続率で、、収益も座布団型で積み上がるようになってきていた。
そして3月。レンタルサーバー+WEB制作事業から撤退しすべてのリソースをサーチワードに集中、サーチワードに特化した「キーワード広告代理店」として勝負にでることを決断する。
※創業来 当社は数度「別の道を選んでいたら今はなかった」岐路にたったがこのときが最初。目先の粗利重視で制作メーンの業態を続けていたら その後に訪れるチャンスを掴めなかったと思う。
6月 溜池山王オフィスに移転(間借りではない初の単独オフィス)。
同時に社名をアスパイアからアイレップに変更した。
社名のアイレップには「I=わたしの REP=代理人」、 お客様側にたち お客様にとっての代理人になるという思いをこめた。
※社名変更した理由はaspire.co.jp がタッチの差でとられていたからという説もあるw
※今回(2012年2月)、溜池山王(山王パークタワービル)に移転し同時にロゴを変更。溜池山王から新しい何かがはじまる、、不思議な縁を感じる。。
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当時サーチワードの販売に力をいれていた代理店は 日広さん(現GMO NIKKO社)、インターネット広告社さん(現ネットフロンティア社)などがあり 他の大手ネット代理店さんもワンオブゼムとして扱っていたが 組織・オペレーションをサーチワードバナー販売に最適化し 売上のほぼ100%がサーチワードなのは当社だけだったと思う。
まず社員が「売れそうな(つまり検索ボリュームが一定以上ありそうな)キーワード」を探す。
日経新聞や日経産業新聞 その他雑誌をながめ キーワードをチョイス。
Yahooさんに各キーワードの在庫(検索ボリューム)を問い合わせ。一定以上のPVのあるキーワードをさらにチョイス。
そのキーワードに関心をもちそうな広告主候補をWEBで検索しリストアップ(これをFindjobで探したフリーの方にアウトソース リストアップ先のデータをネットでやりとり)。
テレフォンアポインターがマニュアルにそってコールし関心をもった広告主にFAXで説明資料を送る。
営業マンが追っかけコールし 興味ありそうであれば訪問し成約。
上記プロセスを高速かつスムースにまわすことを徹底的に追求した。
サーチワードバナーの販売だけでいつのまにか Yahoo!Japan主要広告会社(売上TOP10の広告代理店)の常連になるようになった。
「サーチワードしか売らない変な代理店がある」という噂が業界に流れ始めたのはこの時期。
※ちなみに、この頃はまだSEMという概念すらなく サーチが巨大な広告市場を創ることを誰も予測していなかったわけで、、業界的にマニアック?な存在でしかなかった。。
結局サーチワード特化は功を奏し 2000年9月期は 売上1億円で前年の4倍。
さらにここからアイレップの「第一次成長期」(5年連続で前年比2倍以上の成長)がはじまる。。